星と珈琲と徒然帳

日々感じたことを徒然なるままに書いています。

毎日の料理の苦痛を、ひとまず乗り越えた話

私は料理が嫌いです。

毎日作っているのに、一向に上手くならないし、

第一面倒くさいし、足は静脈瘤なので、長く立っていると

足が死にそうなくらい辛くなるしで、毎晩地獄のような心持で台所に向かいます。

拷問です。

かといって、私以外、料理を作る人もいないので、

家族も腹を空かせて茶の間でごろごろしているので、

作るしかありません。

あまりにストレスで、作っているうちにイライラが最高潮になり、

夕飯を食べる頃には、不機嫌で仕方なくなります。

これが毎日なので、さすがに私も耐えられなくなり、

ある日旦那に、今まで言ったことのない思いのたけをぶつけました。

ぶつけなければ、どうにかなりそうな位、料理ストレスに押し潰されそうでした。

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思い出しただけで重い気分になったので、愛するポニョの写真で癒されたくて、急にポニョで失礼します。

 

そうこうしているうちに、ただただ苦しんでるだけじゃ、進歩がないじゃん!と思い、

同じように苦しんでいる方がきっといる、と、ネットで色々見てみました。

やっぱりいらっしゃいました。

そしてその方に、解決方法として返事をなさっている方の文章を拝見しているうちに、

私は恥ずかしくて仕方なくなってしまったのです。

「作った料理を食べてくれ家族がいることは、とても幸せなこと。」

という言葉に、頭を叩かれたような気持になりました。

美味しかろうが不味かろうが、それ以前に、愛情なのだ・・・。

私には、この愛情が全く欠けていた・・・。

恥ずかしかったです。

ただイライラしながら作った料理を食べさせられていた家族に、申し訳なくて、

謝りたい気分でした。

結局、私も、イライラしながらも、毎日料理をしていたのは、

心の奥の奥で、手作りの料理で家族に健康でいてほしい、という思いがあったから、

ということにも気付きました。

今は、その「愛情」という部分を忘れなければ、少々手を抜いてもいいよね!

という感じで、少し肩の力が抜けて、楽になりました。

辛い気持ちにがっちり向き合って、もがき苦しんで、ひとまず乗り越えられました。

 

自分だけの魔法の言葉

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意図せず、その時の自分を救ってくれるような言葉が、

ふっと頭の中に浮かんでくる日が、ごくたまにあります。

それは朝であることがほとんどです。

今朝もそうでした。

「昨日はあの人に、きつい事を言ってしまったのではないか、

 私は冷たかったかもしれない。」

と思ってしまうような出来事があったので、一晩悩んでいたのです。

そして、今朝、その言葉が不意に頭に浮かび、私は平常心を取り戻せました。

その言葉は、今は天国にいる祖母が、

私の小さな頃に事あるごとにかけてくれていた言葉で、

最近の私はそれをすっかり忘れていました。

「ああ、そうだよね。その通りだね、ばばちゃん。ありがとう。」

と、心の中で祖母に言いました。

どんな言葉かは、私の中で大切にしたいので、ここには書きませんが、

愛のある言葉が人の心を救うことができるのなら、

私もなるべく、そんな温かい言葉を発していたい。

そう思った朝でした。

江口ともみさんのもぐたろうに寄せて

何年か前にテレビで、タレントの江口ともみさんが、もぐらのぬいぐるみの

「もぐたろう」を、とても大切にされている様子を拝見しました。

もぐたろうが行方不明になった時の江口さんは泣いてらして、

当時の私は、「とても知的な方なのに、命のない物体にこんなに感情移入するなんて、

なんて不思議なんだろう・・・。」

と正直思いました。

しかし、ひょんなことから私のもとに、「崖の上のポニョ」の金魚みたいな状態の

ポニョが来まして、ものすごくかわいくて、ポニョを抱っこするだけでストレスが

半減するほど、たまらなく大切な存在になったのです。

あまりにかわいいので、写真まで撮る始末。

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やばいです。かわいすぎます。

それで私は、この江口さんの一件で、こんなことに気付きました。

いくら今現在、理解不能な誰かの行動や考え方があったとしても、頭から否定せずに

「そんな世界もあるのだね・・・。」という姿勢でいたい、と。

だって私がぬいぐるみに、こんなに感情移入する日が来ようとは、自分自身ですら

分からなかったのだから。

温かい目で世界を見る大切さに気付かせてくれた、とても素敵で透き通った江口さんの心に感謝します。

逃げ癖のある私が、困難に耐え続けた話

ここ一か月くらい、すごい仕事のストレスでした。

20年前に重度のうつ病だった私が、こんなことに耐えられるだろうか、と、当初は

不安で仕方ありませんでした。

色々なことを自分に言い聞かせていました。

「どうせ100年後には、今この世にいる人は誰もいなくなるんだから、気楽に行こう」

とか、

「知らないふりして、この問題、ほっぽっちゃおうかなー」

とか。

しかし、ほっぽることなんかできず、100年後はいますぐ来ない。

口の中がカラカラになりながら、お腹の具合も悪い状態のまんま、約一か月、その仕事に向き合いました。

途中あまりにも気持ちが重くて、辛くて、「まずい、またあの鬱がやってくるんじゃないか?」と、何回か考えました。

いっその事行方不明になっちゃおっかなー?なんて、考えたり。

年をとって、鬱になるエネルギーもなくなったのか、幸いそんなことにはならず、

ただただ重い気持ちに耐え続け、仕事に向き合い続け、今やっと目途がつきつつあります。

辛かった・・・。

良かった、逃げなくて。

逃げても良かったんだろうけど、その後の自分が、死ぬまでずっと、嫌なことから逃げる自分を抱えながら、自分のことを好きになれないまま生きていくことの方が、もっと辛そうで、行方不明にならなくて、この場合は良かったなと思います。

でも世の中には耐えなくてもいい辛いことも、きっとあるので、そんな時がもしこれからやって来た時は、私は軽やかに逃げちゃおー!と思います。

その耐える価値が有るか否かの判断が難しそうですけれど。

 

 

 

そこにはエゴが隠れている。

今年は、仕事に身も心もささげよう、と決めました。

今までは、どこか仕事から逃げてたところがあって、次の休みにはどこへ行こうか、とか、とにかく仕事とは違う、プライベートなことばかり考えていたのですが、そういう生活は、いつもどこか無理があって、居心地が悪く、無駄なエネルギーがどこかからいつも漏れ出しているような感覚があり、疲れていました。

だけど今年は、色々な条件が重なって、「よし、今年一年くらいは、仕事にどっぷり浸かろう。」と、腹を括ったとたん、すっきりしたというか、無駄なエネルギーを使わなくなった感じで、しっくりきたのです。

何か物事がうまくいかないとか、嫌な感じがする、という時って、きっとその裏には、誰かの、または自分の、欲やエゴが密かに隠れているのかもしれない。

その欲をよーく見つめて、一度その気持ちを受け止めてあげて、そして全体とのバランスに気持ちをフォーカスしていけたら、しっくり、スッキリ、できるのだろうな、と思います。

初めてギックリ腰になって、思ったこと

先週、15㎏の物を持ち上げようとしたら、私の体は、いきなり健康体から病人のように豹変したのでした。あー・・・ギックリ腰というものか?これが・・・と、ある意味諦めの境地になりました。

前々から風邪で咳をし過ぎたときなどに、腰痛になったことはあるのですが、いわゆるいきなりのギックリは、人生初でした。

ゆっくりなら歩けたので、お医者に行くと、「一週間から十日は安静に!」

と言われ、痛む腰を抱えながら、本当にそんなにすぐ治るのかな・・・と、泣きそうな気持になりました。

しかし、そんな私の心配とは裏腹に、腰はみるみる治りました。

・・・実は、その一週間の間に、私がものすごく憂鬱に感じている仕事が待ち構えていたのですが、ギックリのお陰で他の人にその仕事をやって頂けたのです。

あまりにもその仕事が嫌すぎて、私の体はきっと、ピンポイントでその一週間だけ病人になったのだな・・・と、心の中でニヤリとしてしまいました。

毎年毎年、我慢してその一週間を耐えていたので、今年は神様がお休みさせてくれたんだな・・・と、勝手に都合よく解釈しています。だって私、本当に毎日よく頑張ってる!

このギックリでおとなしくしている時に、しみじみそう思いました。

それまでは結構自分に厳しくて、いくら頑張っても、まだまだだめだ!と自分イジメみたいなことをしていたけど、痛む腰をさすりながら今までの自分を振り返り、

あれ、私って結構頑張ってるよね、ということに気づきました。

これからは人に任せるところは任せて、のんびり自分自身と相談しながら、頑張ろうと思います。・・・って、結局頑張るんかい!!

 

心を開くこと

先日行った、初めてのラーメン屋さんでの出来事です。

行列ができていて、私の前には、黄色いポロシャツのおじさんが並んでいました。

一緒にいた私の旦那さんにポロッと「ここのオススメって何だろね。」と話しかけたら、その黄色のおじさんが常連さんらしく、

「あ、ここはね、一個しかメニューないよ。でね・・・。」と私がこの店について、知りたかったことを色々教えてくれました。おかげで待ち時間が楽しくなって、短く感じました。

とても幸せな気持ちになりました。

それはきっと、その黄色のおじさんが、何も知らない人にこのお店を知って楽しんでほしい!という優しい気持ちで教えてくれたことが伝わってきたから、だと思います。

逆に、俺は常連だぜ!  なんでも知ってるんだぜ! みたいな気持ちで教えられてたら、こんな幸せ感はなかっただろうと思います。

その人から醸し出る雰囲気、というか電波??のようなものって、意外と日常でバンバン感じているのかも。

黄色いポロシャツのおじさん、ありがとう。私も見習って、優しい気持ちで、オープンマインドで行こうと思います。