逃げ癖のある私が、困難に耐え続けた話
ここ一か月くらい、すごい仕事のストレスでした。
20年前に重度のうつ病だった私が、こんなことに耐えられるだろうか、と、当初は
不安で仕方ありませんでした。
色々なことを自分に言い聞かせていました。
「どうせ100年後には、今この世にいる人は誰もいなくなるんだから、気楽に行こう」
とか、
「知らないふりして、この問題、ほっぽっちゃおうかなー」
とか。
しかし、ほっぽることなんかできず、100年後はいますぐ来ない。
口の中がカラカラになりながら、お腹の具合も悪い状態のまんま、約一か月、その仕事に向き合いました。
途中あまりにも気持ちが重くて、辛くて、「まずい、またあの鬱がやってくるんじゃないか?」と、何回か考えました。
いっその事行方不明になっちゃおっかなー?なんて、考えたり。
年をとって、鬱になるエネルギーもなくなったのか、幸いそんなことにはならず、
ただただ重い気持ちに耐え続け、仕事に向き合い続け、今やっと目途がつきつつあります。
辛かった・・・。
良かった、逃げなくて。
逃げても良かったんだろうけど、その後の自分が、死ぬまでずっと、嫌なことから逃げる自分を抱えながら、自分のことを好きになれないまま生きていくことの方が、もっと辛そうで、行方不明にならなくて、この場合は良かったなと思います。
でも世の中には耐えなくてもいい辛いことも、きっとあるので、そんな時がもしこれからやって来た時は、私は軽やかに逃げちゃおー!と思います。
その耐える価値が有るか否かの判断が難しそうですけれど。
そこにはエゴが隠れている。
今年は、仕事に身も心もささげよう、と決めました。
今までは、どこか仕事から逃げてたところがあって、次の休みにはどこへ行こうか、とか、とにかく仕事とは違う、プライベートなことばかり考えていたのですが、そういう生活は、いつもどこか無理があって、居心地が悪く、無駄なエネルギーがどこかからいつも漏れ出しているような感覚があり、疲れていました。
だけど今年は、色々な条件が重なって、「よし、今年一年くらいは、仕事にどっぷり浸かろう。」と、腹を括ったとたん、すっきりしたというか、無駄なエネルギーを使わなくなった感じで、しっくりきたのです。
何か物事がうまくいかないとか、嫌な感じがする、という時って、きっとその裏には、誰かの、または自分の、欲やエゴが密かに隠れているのかもしれない。
その欲をよーく見つめて、一度その気持ちを受け止めてあげて、そして全体とのバランスに気持ちをフォーカスしていけたら、しっくり、スッキリ、できるのだろうな、と思います。
初めてギックリ腰になって、思ったこと
先週、15㎏の物を持ち上げようとしたら、私の体は、いきなり健康体から病人のように豹変したのでした。あー・・・ギックリ腰というものか?これが・・・と、ある意味諦めの境地になりました。
前々から風邪で咳をし過ぎたときなどに、腰痛になったことはあるのですが、いわゆるいきなりのギックリは、人生初でした。
ゆっくりなら歩けたので、お医者に行くと、「一週間から十日は安静に!」
と言われ、痛む腰を抱えながら、本当にそんなにすぐ治るのかな・・・と、泣きそうな気持になりました。
しかし、そんな私の心配とは裏腹に、腰はみるみる治りました。
・・・実は、その一週間の間に、私がものすごく憂鬱に感じている仕事が待ち構えていたのですが、ギックリのお陰で他の人にその仕事をやって頂けたのです。
あまりにもその仕事が嫌すぎて、私の体はきっと、ピンポイントでその一週間だけ病人になったのだな・・・と、心の中でニヤリとしてしまいました。
毎年毎年、我慢してその一週間を耐えていたので、今年は神様がお休みさせてくれたんだな・・・と、勝手に都合よく解釈しています。だって私、本当に毎日よく頑張ってる!
このギックリでおとなしくしている時に、しみじみそう思いました。
それまでは結構自分に厳しくて、いくら頑張っても、まだまだだめだ!と自分イジメみたいなことをしていたけど、痛む腰をさすりながら今までの自分を振り返り、
あれ、私って結構頑張ってるよね、ということに気づきました。
これからは人に任せるところは任せて、のんびり自分自身と相談しながら、頑張ろうと思います。・・・って、結局頑張るんかい!!
心を開くこと
先日行った、初めてのラーメン屋さんでの出来事です。
行列ができていて、私の前には、黄色いポロシャツのおじさんが並んでいました。
一緒にいた私の旦那さんにポロッと「ここのオススメって何だろね。」と話しかけたら、その黄色のおじさんが常連さんらしく、
「あ、ここはね、一個しかメニューないよ。でね・・・。」と私がこの店について、知りたかったことを色々教えてくれました。おかげで待ち時間が楽しくなって、短く感じました。
とても幸せな気持ちになりました。
それはきっと、その黄色のおじさんが、何も知らない人にこのお店を知って楽しんでほしい!という優しい気持ちで教えてくれたことが伝わってきたから、だと思います。
逆に、俺は常連だぜ! なんでも知ってるんだぜ! みたいな気持ちで教えられてたら、こんな幸せ感はなかっただろうと思います。
その人から醸し出る雰囲気、というか電波??のようなものって、意外と日常でバンバン感じているのかも。
黄色いポロシャツのおじさん、ありがとう。私も見習って、優しい気持ちで、オープンマインドで行こうと思います。
嫌われても構わない、は幸せへ続く道
先日、PTA役員の集会で、学校へ行きました。
私の子供の学年は、他の学年に比べてPTA主催の行事が少ないので、仕事をしながらでも出来そうだと思い、引き受けました。
学年ごとに集まって話し合いをしていたのですが、その中にやる気まんまんの方がいらして、行事の中にレクリエーションを入れよう、というような空気になりそうでした。
申し訳ないけれども、私にはその余力はない、と思い、反対意見をやんわり言いました。すると、他の方が私の意見に賛同して下さって、レクリエーションは無しになりました。
少し前までの私なら、他の人にどう思われるかばかり考えて、ああいった集まりの場で自分の考えを言う、なんて出来ませんでした。
ですが、「人から嫌われてもいい。私は私の意見を言う。」という考えを実践している方と、数年前に仲良くなって、私は気づかないうちに感化されていたようです。
そのPTA集会の経験で、周りには私と同じ意見の人もいて、実は誰かがその意見を発言してくれることを待っている場合もあるのだなぁ、ということを知りました。
私は今まで、あまり自分が好きではなかったように思います。やっぱりそれは、人の目ばかり気にして、一番大切にするべき自分の気持ちをないがしろにしていたからではないか、と。今回のことで初めて自分自身を頼もしく感じて、自分を好きになれそうです。そして少し幸せな気持ちになりました。それから、私を感化してくれた、勇気のある友人に感謝しています。
初めて学級PTA委員長になってみた
親になって、早15年。15年目にして初めて、中学校の学級PTA委員長を引き受けました。 なぜかずっと、いつかはやらなければ、と思っていたので、スッキリした反面、ものすごくブルーな気持ちにも襲われています。
私に務まるのだろうか、クラスの人たちに迷惑をかけないだろうか、とか、色々ぐるぐる考えすぎて、ここ3~4日は全く食欲が湧きませんでした。
こうゆう役員を引き受けると、私はこんな風にものすごくストレスにさらされるのだな、ということも初めてわかりました。もっと平気な感じなのかな、と思っていたので少し意外な発見です。
まだ、具体的な活動はこれからなので、流れに身を任せて、目の前のことに一つ一つ
取り組んでいこうと思います。人にどう思われるか、という心配は一旦脇に置いておいて、淡々と誠実に丁寧に仕事をしようと思います。
役員選出が大嫌い
新学期がもうすぐ始まります。それに伴い、親の役員選出も近々あります。
私は親になって15年程ですが、重要な役員になったことがありません。
目立たないような、静かな役員は長くやっているのですが、人前に立たなければならないような役員は、なるべく避けています。
毎年この時期になると、大声で叫びたくなります。
「役員選出の雰囲気が死ぬほどいやだー!! 行きたくなーい!!」
これがなければ、私はあと2人は子供を産んでいると思います。
役員が死ぬほどいやなので、もう子供は産めません。
大袈裟ではなく、本当にそれが理由です。
他の親の方々は、これについてどんな心持ちなんだろう ・・・といつも思います。
私ほど重く考えない方もたくさんいると思います。
毎年、あまりの辛さに、心を無理やり「無」にして、役員選出に出席しています。
今年もきっとそうやって行ってきます。
役員が決まらない、あの重苦しい雰囲気に負けて
「えぇい!!私がやったります!!」なんてこと、口走らないように、いつも通り、
静かな私で居られますように・・・。